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悲しいけど、いじめって、なくならないと思う。 [時事ネタ]

最近、「いじめ」についての報道を目にするようになりましたね。

正直、「いじめ」中身は、それぞれ、違うと思うけど、「いじめ」と称されることは、
この国、日本では、未来永劫なくならないと思う。

民俗学に詳しいわけでも、研究しているわけでもないが、
群れを作って集団で行動して、
理由はともあれ、強いものが弱いものを攻撃することによって、
ストレス発散させるのが、「日本人」なのではないかと思う。

だからこそ、「いじめ」は、なくならない。
そして、学校という子どもコミュニティだけでなく、
会社というコミュニティや、近所付き合い、ママ友といったコミュニティでも
「いじめ」は発生しているのだろう。

じゃあ、なぜ、学校での「いじめ」が社会問題になってしまうのだろうか。
簡単に思いつく理由としては、
①同調しないものに対する攻撃
 よく、「気に入らない」「むかつく」といった理由でいじめの対象となる人が決まることが
 あると思います。
 このような感情は、仲間にならないことによって、生まれると思います。
 そして、腕力や集団の大きさによって、明らかに駆逐することができると判断した場合、
 攻撃を始めるのでしょう。つまり、いじめの始まりです。

 こんなことは、大人の世界でもよくあることです。
 政治でよくある多数派工作です。
 そして、相手に対して、スキャンダルの暴露などネガティブキャンペーンです。
 でも、起きた現象の構造は同じなのに、これは「いじめ」とは言いませんね。
 どうしてでしょうか。

教師の微妙な立ち位置
 自分が子供の時の先生には、悪いことをすれば、叩かれたこともありました。
 今、学校の先生は、生徒、児童を叩くことをしないそうですね。
 叩くとうるさい、モンスターペアレンツがいるとかいないとか。
 さて、どうして叩いちゃいけないんでしょうか?確かに、暴力はいけないことです。
 悪いことした場合には、暴力に限らず、罰があることを教えないといけないと思います。
 これも、教育の一つだと思います。
 そして、教師は決して、友達なのではなく、尊敬に値する存在にならないといけないと思います。

 今の時代、教師がそのような存在になっていないような気がします。
 教師は、ある程度の志を持ってつく職業の一つと思います。
 でも、今は、安定したお金を稼ぐ職業の一つになってしまったんでしょう。
 言いたくないですが、同世代の人がその職業についていますが、
 教師の質が落ちてしまったとしか、思えません。

ゲームと現実の違い
 子どもだからなのでしょうか、いじめるにも、限度を知らないため、
 悲しい結果になってしまうことがあると思います。
 
 ゲームの世界なら、失敗してもスイッチ一つでやり直すことができます。
 しかし、現実の世界では、時間を巻き戻して、やり直すことはできません。
 
 体罰などを受けたことがない人が、人に暴力など、危害を与えようとしたときに
 手加減をすることができないため、行きすぎた結果となってしまうのでしょう。

これらが、全ての理由ではないと思いますが、学校というコミュニティのあり方を
もう一度考えるべきだと思います。

悪いことは、悪い。
悪いことをしたら、罰を受ける。

学問を学ぶだけでなく、社会のルールを身につけるのが、学校という場所であると
改めて、考えていくことが大事だと思います。

そして、最後に、「いじめ問題」だけではありませんが、
発生したことについて、当事者は真摯に受け止め、対応する姿勢が重要だと思います。

長々と、すみません。
これが、自分のブログのスタイルみたいです。
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